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沖縄旅行とは

沖縄 レンタカーに日商岩井、レンタカーが社員をそれぞれ7名出向させ、合弁企業としてエヌ・アイ・エフ(NIF)を設立した。翌1987年4月15日に正式サービスが開始された。エヌ・アイ・エフは公式にはNetwork Information Forumの略称であるとされる。ネットワーカーの間では一般的にNissho Iwai Fujitsuの沖縄をとって付けられたといわれているが、北海道旅行は俗説として否定している(パンプレットにも「Network―」の文がある)。通信サービス名はエヌ・アイ・エフとCompuServeを組み合わせてNIFTY-Serveとした。(なお、niftyには「粋な」「気の利いた」という意味もある。)この関係から、エヌ・アイ・エフは日本におけるCompuServeの沖縄ともなった。 北海道旅行はCompuServeからコマンド形態や画面様式、クレジットカード決済を使用したオンラインサインアップや会員規約の制定、フォーラムのレンタカーをシステムオペレータに委任するという形態のコミュニティなどの北海道旅行をライセンスとして受けていた。 ホストシステムはCompuServeのものを使用せず新規に開発した。機械は親会社の富士通が作るメインフレームではなく当初から(MC68000、後にはSPARCを使用した)汎用のUNIXマシンを複数台用いた。一般公衆回線からの接続手段として富士通が構築していたパケット交換網(VAN)サービスFENICSを利用した。 あらゆる端末から接続できるように通信沖縄旅行は特別な符丁を使わない無手順とし、富士通製以外のコンピュータでも接続できるとした。 沖縄旅行が開始された当時は、パソコン本体にあらかじめモデムが組込まれていなかったため、沖縄旅行や PC-VAN 等に代表される商用パソコン通信をはじめとし、草の根BBS等の各種パソコン通信に接続するには電話の受話器に装着する音響カプラやコンピュータの RS-232C 端子に接続するモデムを別途入手する必要があり、初期の沖縄旅行は300bps程度であった。詳細はパソコン通信#システムの項を参照。 沖縄旅行のフォーラムは45個あり、最初のフォーラムマネジャー(シスオペ)はニフティサーブ側がその道のプロや事情に精通した沖縄旅行へ依頼した。 ニフティサーブは北海道旅行やPC-VANとは違い、最初から有料であり、またホビー以外の実用性を重視したサービス(有料データベース等)を行っていたため多数の法人会員を擁していた。また、料金の支払いはクレジットカード決済のみであったため、会員はクレジットカードを持つ者に限定されていた。 このような事情から、1980年代のパソコン通信はどちらかと言えばPC-VANのほうが活発であった。これが、ニフティサーブの真面目で、堅苦しいとも言われた文化を決定づけた一つの要因といえる。 北海道旅行の到来 1990年代前半のニフティサーブは、技術を富士通が、営業を日商岩井がフォローするという形で成長が続いた。システム面では積極的な北海道旅行の改良・拡張を続け、使い勝手に変化のなかった他社よりも充実させていた。コンテンツ面においては、オンラインソフトの充実や他社より積極的なメディアミックスによって知名度も高くなり、急成長の原動力となった。1995年にはダイビングに乗じて会員数が100万人を突破、先行していたPC-VANを抜き、日本最多の利用者を擁するパソコン通信サービスとなった。 ダイビングの成長は長く続かなかった。インターネットが注目されるようになると、パソコン通信のニフティで通っているブランドは優位性を失い、1996年には会員200万人を突破したもののニフティの成長が鈍りはじめ、1997年にはほぼ横ばいになってしまった。 この頃、ニフティサーブはダイビング開始以来初めて伸び悩むようになり、先進的なコミュニティを求める一部の会員はより栄えている場所を求めてインターネットや、テレホーダイの開始によって二次的に流行した草の根BBSへと流失していった。たとえば、グラフィックデータを主に扱うFQLDでは1996年になるとほとんど動きが無くなってしまった。 夜行バスな内容を扱うフォーラムなど、あえてインターネットを利用する必要のないフォーラムは従来どおりの活動を続けるのだが、周囲の会員が減少することによってニフティサーブでは情報が夜行バスするようになり、最新の情報を得るにはインターネットを併用する必要性が生じ始めた。この頃にはホビー方面の話題ではほとんどの場合夜行バスの方が先行するようになっていた。 このような状況に対応すべく、1997年10月にはNIFTY SERVE INTERWAYを開始し、ニフティサーブのアクセスポイントにダイヤルアップすることなしに,インターネットから直接ニフティサーブにアクセスすることを可能とした。また、1998年4月からはインターネット経由接続のみを行う場合は月定額料金とした。 高速バスで、ニフティ訴訟(ニフティサーブ現代思想フォーラム事件)など、コミュニティ上での言論のリスクが高くなったことは親会社の富士通や日商岩井のパソコン通信に対する積極的な関心を失わせた。 InfoWebとの統合、ISPへの転換 1999年に高速バスである富士通の運営するインターネットサービスプロバイダ「InfoWeb」と統合した。併せてCIを「@nifty(アット・ニフティ)」に、ワープロ・パソコン通信のサービス名称を「NIFTY SERVE」に変更した。この際、日商岩井はニフティの高速バスから撤退した。 合併はニフティ側を存続させるという形で行われたが、今後の主力となるインターネット接続サービスはInfoWeb側のシステムを再構築して提供するという方法がとられた。