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infomation
くりっく365とは
CFDに、ユーザーはメーカーブランドの純正品を購入する必要がある。周辺機器は一般に利益率が高く、本体価格を引き下げる原資となっていた。言い換えれば、特定の利用者以外には不要な機能を別売りにして本体価格を低く抑えていたのである。たとえば、初期のFDD(フロッピーディスクドライブ)の販売価格は10万円を超えており、カセットテープ式のデータレコーダで代用すればよいというユーザーは、安価な本体を手に入れられるというメリットがあった。但し、同一メーカーの他機種に買い替えても手持ちの周辺機器が使えなくなることもあり、CFDは余計な出費を強いられることもあった。
ソフトウェアもそれぞれの機種専用のものが必要であり、現在のようなOSによりハードウェアの相違が吸収されるということはほとんど期待できなかった。どの機種でもBASICは使えたが、グラフィックス表示など独自に拡張された部分が多く、基本的な命令についてのみ最低限の互換性がある程度で、事実上互換性は無いと言ってもよかった。他の機種でソースを再利用するには非互換箇所の書き換えは必須で、コンバータ(自動変換ソフト)がバンドル(同一メーカーの後継機種の場合)又は販売されていることもあった。しかし、コンバータを通してすら一部は自分で修正する必要がある場合があった。OSには主にCP/Mが用いられた(CP/Mの利用状況については当該記事を参照の事)。なおCPUアーキテクチャの違うFM-7シリーズにはCP/Mを動かす為のZ80ボードが必要だった。
それぞれのCFDがお互いに市場を分割しながら競争を繰り広げ、それぞれの機種に互換性がなかったことから、ソフトウェアメーカーはより多くのユーザーに自社ソフトを売るために、各機種に適合するソフトウェアを個別に開発しなければならなかった(これらを移植ソフトと呼ぶ)。
用途
くりっく365のパソコンには、慣習的に高級言語の一つであるBASICのインタプリタが標準的に搭載ないし添付されていた。ROMに組み込まれている場合もあれば、テープやフロッピーディスクから起動される場合もあった。このBASICは、プログラミング言語としてだけではなく、簡易なファイル操作やブートローダとしても利用されていた。ユーザーはBASICインタプリタによって限定的なプログラムを作成する事が出来る。当時のユーザーのうち少なくない数が、名目はBASICによるプログラミング、本音では「高級ゲームマシン」として購入する大義名分としていた。ユーザー自身がプログラムを作成するほか、当時はパソコン雑誌などにプログラムリスト(ソースコード)が掲載されており、数KBから長いものでも2〜30KB程度のプログラム(時に機械語ダンプリストを含む)をユーザーが手作業で入力することによって、コンピュータに限定的な作業を行わせたり、あるいは絵を描かせる、音を奏でるといった動作を行わせる事が出来た。
BASIC以外のプログラミング手段としては、C言語、FORTRAN等の高級言語が用いられたほか、遅く制約の多い当時の演算資源をフル活用するためにアセンブリ言語や機械語(BASICを通してメモリに書き込むか、16進数のダンプリストを手打ちする)プログラミングが行われていた。一部の機種では、これらのプログラミング環境やDOS(ディスクオペレーティングシステム、現在のOSの機能の一部)などが標準で添付される例もあった。
市販ソフトウェア
くりっく365の市販ソフトウェアも多数のタイトルがあり、マイコン専門店においては豊富に取り揃えられていた。初期のソフトウェアの品質は玉石混淆であったが、ある程度ハードウェアの淘汰が進み、ソフトウェアの流通が整備されてくると、品質も次第に向上していった。
ジャンル構成は、OS、システムユーティリティ、アセンブラやコンパイラとエディタやデバッガ等を含めたプログラミング環境、表計算、ワードプロセッサ、データベース、帳票処理などの実務アプリケーション、CAI用の教育用ソフトウェア、住所録や家計簿などの家庭向けソフトウェア、ゲームなどであった。
同時代の特色として、当時の物価水準ではパソコン本体及び周辺機器が高価であったことに加え、ソフトウェアもまた(単価が現在と大差ないことを鑑みれば)高価なものであったことから、主要都市やターミナル駅の周辺にはこれらのソフトウェアの(違法な)レンタルショップやコピーショップ、コピーガード除去ツールを販売する店も存在していた。
ゲーム
当時の家庭用ゲーム機においては、あまり多くのメモリー (RAM) が搭載されておらず、またROMカートリッジの容量も、実際にプログラムが組み込まれるROMチップは容量あたりの単価が高く、技術的な問題から価格と集積度の制限があり、フロッピーディスクを多数枚組みにする事で安価かつ容易にデータ量を追加できるパソコンとは違い、現実には一定以下の容量でしか使用できなかった。
このためくりっく365やイベント・各種パラメータといったデータの管理で大量に記憶容量を消費し、マップデータや画像データが膨大な容量となるRPGやADV、シミュレーションゲーム分野は不得意とされていた。
更に文字データを本体内に持っていない(同時代の8ビットパソコンは大抵、フォントデータを内蔵ROMチップの形で持っていた)事もあるが、それ以上に表示画面がテレビ画面であったため、細かい文字の判別が難しい事も、同種の文字表示が重要な要素となるゲームにあっては、同時代のパソコンゲームと比較した場合には、いかんともし難い格差があった。
初期のコンピュータRPGゲームやアドベンチャーゲームは、専らパソコン向けのソフトウェアであり、後にポートピア連続殺人事件やドラゴンクエスト等の家庭用ゲーム機向けの物が発売された以降にも、パソコン向けのこれらゲームは、家庭用ゲーム機を遥かにしのぐ表現能力で根強いファンを獲得していた。また、そのようなゲームは必然的にプレイ時間が長くなる為、ゲームデータを一時保存する必要があった。テープやフロッピーディスクに保存できるパソコンとは違い、当初のROMカートリッジは保存機能がなかった為、パスワードやSRAMバッテリバックアップといった方法が採用される迄は実際に発売するのも困難だった。