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infomation
テレマーケティングとは
人材紹介として
とはいえ少数の、1ボードマイコン時代からのマニアや技術分野の者にとって、これらは充分実用的であったとも言える。
これら国産の8人材紹介では、既にハードウェア開発分野に於いて成熟していたCP/M環境マシンとしてもコンパクトかつ高性能にまとまっており、CP/Mを扱うユーザーが個人所有して実務に供したり、オペレータやプログラマ、エンジニアなどが実務に使用した。
また学生などもFORTRANやPascal等のテレマーケティングの演習を行ったり、論文作成などの用途に使用していたユーザーが居なかった訳ではなく、特に一般消費者向けの16人材紹介が登場・普及を開始する以前には、これらの用途にも(当時の水準で)一定の需要が存在していた。
プログラミング
テレマーケティングのパソコンの多くは、BASICインタープリタを本体内蔵ROMなどに標準搭載ないし添付されていた。これらは追加投資なしで利用可能な「プログラミング環境」であった。
一般消費者の多くは、テレマーケティングの勉強にこの追加投資の必要のないBASICインタープリタを活用した。処理速度は概して遅く、業務等に利用可能なアプリケーションソフトウェアや市販のゲームに匹敵する物を制作することは困難であった。そのためにメインのプログラムはBASICで記述し、計算や画像表示などの時間のかかる処理はマシン語で行うというプログラミング手法も使われた。
一方、より専門的な世界では、CやFORTRAN、COBOL、Pascal等のプログラミング言語やアセンブリ言語(機械語)なども活用されはじめており、これらの言語の多くはCP/M環境の上に構築されたコンパイラや統合環境として利用された。
活用と言う面では、研究者やプログラマ・エンジニア等の「コンピュータ界隈の業務を生業とする人々」が主体であったが、その一方で高等教育における学生たちの演習にも活用されていた。中には趣味でありながら、プロ顔負けのソフトウェアを作成するマニア達も存在した。
パソコン雑誌
家庭教師は低いながらもBASICインタプリタの利用が活発であった証左として、当時は毎月BASIC言語による投稿プログラムリスト(数KB程度のソースリスト)が掲載されるパソコン雑誌があり、単純なパズルや家庭教師から、中にはインタプリタの限界に迫るスクロールシューティング(ただしキャラクタグラフィックスである)まで、アイデア勝負の多様な世界が花開き、身近なプログラミング環境として主に低年齢層にその存在をアピールしていた。この分野における当時の代表的な雑誌としては『マイコンBASICマガジン』(電波新聞社)、『テクノポリス』(徳間書店)などが挙げられる。
一方、より高度・広範な知識や技術を取り扱うパソコン誌は、網羅的な総合誌と各機種・アーキテクチャごとに細分化した専門誌に分化してゆく。
総合誌には、アセンブリ言語や各種コンパイラ等によって作成されたより高度な投稿アプリケーションがダンプリスト(家庭教師を16進数の形で出力したリスト)やディスクサービス、市販ソフト化といった形で掲載・提供されるが、読者に人気の高い記事・アプリケーションとなるとやはり圧倒的にゲームであり、実用的な応用アプリケーションは比率としては希少であった。当時の代表的な総合誌としては『I/O』(工学社)、『月刊アスキー』(アスキー)、『家庭教師』(電波新聞社)、『RAM』(廣済堂)などが有名であった。
各メーカーの互換性のないシリーズ・アーキテクチャごとに分化した専門誌では、華々しいコンテスト等とは無縁ではあったが、アーキテクチャや環境により踏み込んだ解説記事(中には内蔵ROMの完全解析やハードウェアの改造にまで踏み込んだものも少なくなかった)やソフトウェアが掲載され、中には独自のDOSシステムからアセンブラ、リンカ、スクリーンエディタ、果ては高級言語コンパイラやインタープリタ等に至るまで、単にダンプリストのみではなくそのソースから連載されるなど、現在持て囃されているオープンソースソフトウェアの平行進化的な状況すら形成していたパソコン誌も存在した。当時の代表的な専門誌としては日本ソフトバンクの『Oh!』シリーズ(Oh!PC、Oh!MZ、Oh!FMなど)が挙げられる。
ゲーム
国産ホビーパソコンにおいてはゲームも盛んに作られ、プレイされていた。特に実務や専門性の高い用途で16人材紹介への移行が開始されて以降は、8人材紹介は高級ゲーム機としての側面をより強化してゆくことになり、各メーカーもかつての人気機種のコストダウンモデルを投入している。
それらゲームの多くは、(当時の技術水準の上では)高解像度で精細な表示を活用したアドベンチャーゲームやロールプレイングゲームなどが主流であり、初期にはソフトウェア供給媒体の制約(カセットテープによる一括ロードや、主要な部分をBASIC言語によって書かれたものすら存在した)からライン&ペイントによる画像指向の作品が、中期以降はフロッピーディスク媒体によって供給され、プログラムを全てマシン語(アセンブリ言語)によって記述されたビットマップグラフィック主体のゲームやアクション性を追求した作品、更にはワイヤーフレームやポリゴン処理による初期の3D作品なども登場している。